
ご挨拶
「分数ができない」「漢字を知らない」大学生の増加が話題となって久しく、「学力低下」にあわてた文部科学省は、2011年からの小中学校の学習指導要領を大幅に改訂しました。何のことはありません、「ゆとり教育」以前に戻っ ただけの話です。
教育には変えなくてはならないものと変えてはいけないものがあります。そこで大事なことは、絶対に効率を優先させないことです。教育の現場にある者として肝に銘じなければならないことだと思います。
さて、苅草学院では主に小中学生を対象に、学んだ力としての学力、学ぶ力としての学力、新しいものを創り出す創造力等を半世紀にわたり追求してきました。それなりの評価を得てきたと自負しています。2000年、こうした実践と、生徒、ご父母の要望に応えて、高校生だけを対象とした本格的な予備校と高校生専門個別指導教室を西新井駅前に開校しました。
長年にわたる苅草学院の教育姿勢、指導ノウハウは生徒たちの学力伸長に必ず寄与できるものと確信しています。
苅草学院に期待されているのは「苅草学院に通えば今よりもっと学力が向上する」ことです。生徒が苅草学院に通う目的が「受験」であれ「補習」であれ、一人ひとりを「もっとできる」ようにすることが、苅草学院の社会的使命であるとさえ言えるのです。
やる気(学習意欲)なくして、「もっとできる(わからないことがわかるようになる/学力が向上する)」ことはあり得ません。苅草学院という学習塾は単に知識や受験技術を伝える場ではなく、学院生一人ひとりの血肉と化すのに欠かせない「やる気(学習意欲)」を醸成する役割をも当然担うべきなのです。
学院生が「わからない/できない」ことに対して、苅草学院の教師に一切の言い訳は許されません。学院生を「わかる/できる」ようにするために授業料をいただいているのであって、単に「授業をした」という事実に対してお金をいただいている訳ではないのです。
授業料は学院生個人からではなく、保護者から支払われています。このことを踏まえると、苅草学院は「一人ひとりの保護者の望み」を充分に理解した上で学院生への教育を実践する必要があると言えます。「一人ひとりの保護者の望み」に通底するのは、「子どもが社会で必要とされる人材になって欲しい」ということでしょう。苅草学院の使命は学院生一人ひとりが「社会で必要とされる人材」として成長し続けるための「智恵」と「知識」を教育することで、社会に貢献することなのです。